グランレイド・カター~その⑤

やがて夜が明けました。雨も上がったようです。小川の横のトレイルを走り、長い林道の登りを駆け上がりました。しかし、ここで1回目のロスト。

分岐にたどり着きテープを確認するもどこにもない‥。
そう言えば、ずっと確認していない、ということに気づき慌てて戻ります。かなりの距離を戻りました。時間にして、30分はロスしたかな?イヤもっと‥。

気落ちしつつ、当レースの最高地点を目指します。
最高地点と言っても標高は1189mで驚くほど高いわけではありません。標高差も800mくらいだったかと思います。「いくら登りが苦手でも、まあそれくらいなら‥」と思ったら、これが間違いで、標高を上げるに従い、トレイルは徐々に岩場へと変化し、風は益々強くなっていきます。周囲に風を遮るような木々はなく、完全に吹きっさらしです。高度を増すごとに斜度はきつくなり、やがて四つん這いで進むことになりました。時折、強風が突風に変わり、カラダが持っていかれそうになります。必死に岩にしがみつきながら、ピークを越え、山を下ります。
この山越えはとても緊張しましたし、これまでの疲れも出てきました。
どうにか2度目の“Chateau d’Arques”に到着します。

エイドでデポ品を受け取り、再度味噌汁入りおかゆをいただきます。
私が来るまでの間、妻はエイドの手伝いをしたり、古城の中に設置された仮眠所で寝たり、近くの村までパンを買いに行ったり、とまあそれなりに楽しんだ?模様です。
このような機会がなければ絶対に訪れないような片田舎(失礼)を訪れ、古城に寝泊まりするなど、貴重な体験ができて良かったのでは、と他人事ながら思います。

★ エイドについてですが、エイドはどこも非常に暖かく私(や他のランナー)を迎えてくれました。村々のおじいちゃん、おばあちゃんが中心になってエイドを運営している、といった印象でした。
私が到着すると「ワーッ」と盛り上がり、「暖かい食べ物欲しくないか?」「必要なものはないか?」「水を補給しようか?」とか矢継ぎ早に聞いてきます。5秒くらいジッとしていると「大丈夫か?元気か?」と心配してくれます。
とてもありがたいのですが、うっかり疲れた表情を見せられません。
余りに進めてくれるので、何度か即席めんをいただきました。疲れていて、全部は食べられませんでしたが。
中には村長らしき人が来て、「よし日本人と集合写真を撮るぞ」みたいなことを言って、集合写真を撮りました。

“Chateau d’Arques”に到着した時点で、脚は大分疲労を抱え、痛みを持つようになってきました。左アキレス腱と脛、右ヒザ裏と土踏まず、左ハムスト、臀部、両大腿筋、要は脚全体です。特に走り出しは痛みがひどく、歩きが多くなります。

このあたりから、他のランナーに次々と抜かれるようになりました。あまりに多いので不思議に思っていると、どうやら100km部門のランナーのようです。100km部門は“Chateau d’Arques”が折り返し地点となります。ただその中には100マイルのランナーも混ざっていたのかもしれません。

“楽しむ勇気”とか“神の領域”とか、某カリスマランナーさんがおっしゃる域には到底たどり着けず、歩く時間帯が多くなりました。過去の100マイルレース史上最大の眠気にも襲われ、やがて2度目のミスコース。1度目と同じような登りの林道でわき道を見逃してしまい、しばらく歩いた後、慌てて戻りました。
いよいよテンションは下がり、ついでに速度も下がっていきます。
「日本人一位とか、言うんじゃなかったかな‥」などと考えながら、残り20Kほど。

さすがに、このままの流れでは、いつゴールできるかわかりません。ゴールするのならなるべく早く。ここで気持ちを切り替え、前方に見えるランナーを追います。やはり100kmのランナーでしょうか?登りも下りも速い。必死で彼を追っているうちに、脚の痛みは気にならなくなってきました。「なんだ、やれば出来るじゃん」「むしろ、なぜ今までやらなかった?」などと自問自答しながら進みます。

山道を進み、小高い丘を越えて、ブドウ畑の中を進むと、遠くに明かりの中に浮かび上がるお城が見えてきました。170kmの行程の果てにたどり着いたゴールが見えるというのはやはり感慨深いものがあります。
あとは城内を抜けて、反対側にある城門にたどり着けばゴールです。

お城に入り、蛍光テープに従い進みます。外壁と内壁の間の通路をとおり、城内へは入らず‥更に先へ進み、最終盤ではありえないくらいの段差の石段を越え、お城なのに激下りを下り、城外の教会へと出る‥。城外へ出る?どういうこと??
ひどくまずい状況です。私にとって城内に入らずゴールすることはあり得ません(YouTubeではそうなっていた)。また間違えたのか?もう一度、お城の入り口まで戻り、蛍光テープに沿って進みます。やはり城外の教会へたどり着きました。もうパニックです。ゴールを目前にしながらゴールできない。深夜で周囲には誰もいない。どうしようかウロウロ。
そうしているうちに、街中の道路に新たな蛍光テープを見つけました。「城外から直接、門に向かうのかな?」半信半疑のまま進むと、途中で妻と遭遇しました。彼女によるとゴール地点が変わったとのこと!?ゴールはお城ではなく、“下町”の受付会場だ、ということです。


お城から出発し、お城に戻ってきて大団円、という私の持っていたイメージと異なり、ちょっぴりガッカリな部分もありますが、ともかくゴールをしなければなりません。“シテ”と“下町”とつなぐ橋を通ると、確かにそこにはゴールがあります。ようやくゴール。時間は深夜の2時。ゴールで完走メダルをかけてくれるオネーサンと記念写真を撮ってくれるおじさんの2人しかいない(あと妻)、ゴールでしたが、ゴールした充実感は皆一緒です。