シリアス的に振舞った

大腸に腫瘍が出来て、内視鏡手術を行った。
“腫瘍”・“手術”などというキーワードが並ぶと「まぁ、お気の毒に‥」という反応がありそう。
しかし、ガン的なものだけど、ガンじゃない。でも、良性でもない。
こういう病状までもシリアスにならないフワッと感が自分らしいと言えば自分らしい。

幸い発見が早く、比較的小さいものだったので、内視鏡で切除してもらい3日ほど入院しておしまい。
術後も痛みはなくて、入院中はヒマでひたすら読書の日々だった。
懸案だった転移の可能性も無いようで本当に一安心。

軽微な症状だったこともあり、周囲では早くも薄れゆく出来事となりつつあり、自分ですら過去の出来事として処理しつつある。

でも、初めて検査結果を聞いたときは、一応ショックは受けた。
「ソコソコさん、言いにくいことですが‥、ガンですね」
「ガーン」
などという、やりとりは出来なくて(実際ガンじゃないけれど)、「‥はぁ。」と答える程度。だけど背中が冷たい。

まず、「状況次第では走れなくなるのかなぁ?」と考えた。 
「ああそうか、すべての事象には限りがあって、自分だって走れなくなる時がくるんだよね-」
「走れなくなったら、何しようかなー」
「てか、今死んじゃうのはもちろん嫌だし、不便な生活を送るのも嫌だなー」
とまぁ色々なことが頭に思い浮かんでくるのだけれど、そもそもシリアスなことが苦手な自分としては、シリアス風にそんなことを考えようとしている自分がいるなー、という俯瞰した自分も感じているわけで、結局ショックを受けつつも悲劇的に考えたい自分に失笑する自分もいるという、わけのわからないループを繰り広げているだけだった。

そして、大概はシリアスな状況にならずに終わる。それはそれでよいことなのだが。

こういった出来事はなるべく避けたい。だけど起こってしまったことはそれなりに大事にしたいとも思う
せっかく「すべてのことには終わりが来る」というのが実感できたわけなのだから、それを前提に物事を進めていくようにしようと思ってみることにする。
これもある種、今回の出来事をシリアスに受け止めようと演じている自分がいるわけだけど、まぁそれを認めたうえで、ちゃんと考えよう。